デジタルによる言論

デジタルリテラシーからデジタルシチズンシップへの進化

クレア・ディービー
クレア・ディービー
Facebook アジア太平洋およびラテンアメリカ コミュニティ・アフェアーズ部門 |

私が「デジタルリテラシー」に取り組み始めた15年前、それはコンピューターやインターネットの使い方を学ぶ手助けをすることを意味し、仕事を得たり、事業の運営に必要なスキルを得ることに集中していました。ソーシャルメディアやグローバルコミュニティと人を繋げることは念頭になく、ただ人々が情報にアクセスすることに注力していたのです。

そのうちに、面白いことが起こり始めました。私は、乳がんを克服し、私たちの研修とは別にオフィスのスキルを学ぼうとしている台湾のグループに出会いました。お互いを支え合うFacebookグループを作ろうとしていたのです。また、職探しのため、コンピュータースキルの向上に取り組みながら、オンラインで互いの就職見通しの近況を話しに集まるフィリピンのグループにも出会いました。この出会いから私は、インターネットの魔法は単に情報にアクセスするだけでなく、コミュニティにアクセスすることであると気が付きました。

インターネットへのアクセスは、人に力を与える非常に価値のあるものですが、同時に多くの未知をもたらします。私は「デジタル市民」について考え始めました。デジタル市民とは、地理や長年培われた文化的な理解の決まりごともない広大なコミュニティです。私たちは皆、ある一定の物理的な国の市民として求められるものを教えられて育ちました。しかし、その教えだけで私たちが今ともに生きるデジタル世界を渡り歩く力が備わっているとは限りません。また、私たちが共有するこのデジタル世界は、「これは本物か?」「信頼できるものなのか?」「相手を見たり、聞いたり、感じたり出来ないならば、私の言葉は相手を傷つけることもあるのか?」はたまた「これを送信したら、どこに行くのか、そして永久に存在し続けるのだろうか?」といった新たな課題や疑問が浮かび上がります。

15年前に私が知った「デジタルリテラシー」は、今日そして未来のニーズに応える進化が必要です。責任あるデジタル市民を育てるには、批判的思考、共感そして敬意を持ったデジタル言論といったスキルに注力する必要があります。私は、未来のテクノロジーの力を信じています。この目で見てきたのですから。また、私たちが今、未来のデジタル市民を形成する一助となる重大な局面にあると信じています。そして、「デジタル市民になるとはどういうことか?」という問いに、ベストな考えを持ち寄って答えていきたいのです。なぜならそれが、コミュニティと行う私たちの取り組みを、求められるそれらのスキルを提供することへと導いてくれるからです。

責任あるデジタル市民を育てるには、批判的思考、共感そして敬意を持ったデジタル言論といったスキルに注力する必要があります。

- クレア・ディービー(2019年3月)